<?xml version="1.0" encoding="UTF-8"?>
<feed xmlns="http://www.w3.org/2005/Atom">
    <title>電動バイク スクーター大研究！</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://t3rdmil.com/" />
    <link rel="self" type="application/atom+xml" href="http://t3rdmil.com/atom.xml" />
    <id>tag:t3rdmil.com,2010-10-25://6</id>
    <updated>2011-12-15T05:11:46Z</updated>
    <subtitle>バイクのことを研究してます。</subtitle>

<entry>
    <title>電動スクーターがなかった頃</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://t3rdmil.com/2012/05/post-30.html" />
    <id>tag:t3rdmil.com,2012://6.359</id>
    <summary> 彼らは本田技研の初期の有力者たちであることは確かで、当時同社は盛んに拡張中であ...</summary>
    </mt:EntryTags></mt:EntryIfTagged>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://t3rdmil.com/">
        <![CDATA[<p><br />
彼らは本田技研の初期の有力者たちであることは確かで、当時同社は盛んに拡張中であったので・・・</p>

<p><br />
こういう有力者の手づるで集まる人が多く、一応、人脈とか閥とかいうような印象になったと思います。</p>

<p><br />
大観すると、技術畑では浜松高工(後年静岡大学工学部)の系統と、中島飛行機系統が多少目につきます。</p>

<p><br />
なお、工藤氏や、八田氏が東京大学の工学部出身であった関係で、その系統の人もちょっと目につくかも知れません。</p>

<p><br />
後に重役となった原田信助、中村良夫、また研究所の重役となった伊達憐氏などが東大系です。</p>

<p><br />
ただし、本田技研ではこういう系統というものを意識的に重視したのでは更更なく、むしろその反対であったと思いますが・・・</p>

<p><br />
実力主義、抜擢主義でやっている聞に、たまたま結果的にそういうことになったものと思われます。</p>

<p><br />
なお、由来、東大出身者をはじめ官立大学の工科出身者などは、仕事の目標が決まればそれを手固く正確、精密に実行することは得意ですが・・・</p>

<p><br />
商機をつかまえるとか、ユーザーの嗜好に投ずるとかいうような仕事は得意としないようですね。</p>

<p><br />
<a href="http://manan.jp/" target="_blank">電動スクーター</a>のような便利なものがなかった頃には、このような苦労があったのです。</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>電動スクーターの発明まで</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://t3rdmil.com/2012/04/post-29.html" />
    <id>tag:t3rdmil.com,2012://6.358</id>
    <summary> 今日から振り返ると、ホンダの人脈上の巨峰として誰の目にもつくのは、藤沢武夫氏と...</summary>
    </mt:EntryTags></mt:EntryIfTagged>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://t3rdmil.com/">
        <![CDATA[<p><br />
今日から振り返ると、ホンダの人脈上の巨峰として誰の目にもつくのは、藤沢武夫氏と河島喜好氏ですが・・・</p>

<p><br />
初期においては、竹島氏の影響力ははるかに強く、藤沢氏を本田氏に結び付けたのも彼であるといいます。</p>

<p><br />
竹島氏は本田氏と同じ浜松出身で、浜松高工機械科を昭和7年(1932年)卒業、申島飛行機の荻窪工場で航空発動機の設計に従事。</p>

<p><br />
彼が担当したのは水冷12気筒発動機だったそうですが、空冷発動機時代到来のため、これは日の目をみずに終わった由・・・</p>

<p><br />
その後は主として生産技術に当たりました。</p>

<p><br />
また母校浜松高工の講師もつとめ、そのときの聴講生の中に本田宗一郎氏もいたといいます。</p>

<p><br />
戦後、氏は中島を辞めて、通産省のお役人を務め、その際、職務上ないし友として後援の労をとったようです。</p>

<p><br />
・・・その中に藤沢氏を紹介したという大きなことも含まれています。</p>

<p><br />
いま市場で人気の高い<a href="http://manan.jp/" target="_blank">電動スクーター</a>の発明に至るまでには、このような歴史があったのですね。</p>

<p><br />
</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>電動スクーターがなかった頃</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://t3rdmil.com/2012/03/post-28.html" />
    <id>tag:t3rdmil.com,2012://6.357</id>
    <summary> 磁性体は鉄性のものですが、これは工作時の切りくず、及び鉄性部品の鑓から由来しま...</summary>
    </mt:EntryTags></mt:EntryIfTagged>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://t3rdmil.com/">
        <![CDATA[<p><br />
磁性体は鉄性のものですが、これは工作時の切りくず、及び鉄性部品の鑓から由来します。</p>

<p><br />
ただし、赤錆の状態では非磁往。</p>

<p><br />
しかし、エンジン内では焼かれるので簡単に磁鉄硬のような磁性物質となります。</p>

<p><br />
磁性物質が微粉である間は問題はないのですが、これは各種の接着物質にまみれた上で焼かれて、焼けかすとして気筒面に付くが、さらに焼かれるとよく離して、相当の大きさの粒として空中に飛びます。</p>

<p><br />
これがプラグ回りの磁性に引き付けられると立ち、ねばねばしたガラス物質で固定されるものと推定される次第です。</p>

<p><br />
・・・上記のようなことがわかると実行方策は明瞭、つまり、エンジンの組立前に清掃を完全にし、異物の混入を避けます。</p>

<p><br />
吸入口には完全なエアクリーナーを付けます。</p>

<p><br />
かすの多く出ないよい油を使用、燃料には鉛排除剤を使うこと、また気筒頭部の冷却をよくすることなどです。</p>

<p><br />
こういうことが一般に知られた後、ブリッジの悩みはなんとなく解消してしまいました。</p>

<p><br />
<a href="http://manan.jp/" target="_blank">電動スクーター</a>のような便利なものがなかった頃には、このような苦労があったのですね。</p>

<p><br />
恐らく各部分の担当者がそれぞれなんとか手を打ち、そのことが総合的に働いたためと思われます。</p>

<p><br />
ただし、特になにがきいたかは指摘しかねＭくぁす。</p>

<p><br />
・・・しかしある1社のものだけが例外で、これは完全解決までにさらに数年を要しました。</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>電動スクーターの発明に至るまで・・・</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://t3rdmil.com/2012/02/post-27.html" />
    <id>tag:t3rdmil.com,2012://6.356</id>
    <summary> 異物は塊状のこともありますが、毛のように見える細い物であることもあります。 そ...</summary>
    </mt:EntryTags></mt:EntryIfTagged>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://t3rdmil.com/">
        <![CDATA[<p><br />
異物は塊状のこともありますが、毛のように見える細い物であることもあります。</p>

<p><br />
それは完全に火花間隙に橋をかけることもあるのですが、多少の隙間を残して中ぶらりんであることもあります。</p>

<p><br />
前者の場合は火花が全然出ないのですが、後者では、短い隙間にいくらか火花はとぶが、きわめて弱いことは自明です。</p>

<p><br />
このような技術の発展があって、いま市場で大変な人気のある<a href="http://manan.jp/" target="_blank">電動スクーター</a>の発明に至ったのだと思うと感慨深いものがありますね。</p>

<p><br />
・・・ところで、なぜこれが突然起こるのでしょうか？</p>

<p><br />
これがまことに不思議な点で、これが解明されるには若干の日数がかかったそうです。</p>

<p><br />
この研究に取り組み、なにがしかの知見を得て、ユーザーに忠言したような人はいくらもあったはずと思いますが、研究報告を残している人は割合僅少です。</p>

<p><br />
研究でわかったことは次のようなことです。</p>

<p><br />
1)ブリッジになる物質は磁性体。</p>

<p><br />
2)粒の大きさも関係し、その大きさが火花間隙の1/3以上になると、ブリッジ発生の頻度は急上昇する。</p>

<p><br />
3)磁性体は点火電流で生ずる磁気に引かれて立つものと思われるが、乾いたままでは振動によって落ちやすい。</p>

<p><br />
それを固定するものは一種の接着材で、それは鉛ガラスようのもの。</p>

<p><br />
・・・鉛は燃焼から、硅酸質は路上のほこりから供給されると推定されます。</p>

<p><br />
</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>愛車は電動スクーターです</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://t3rdmil.com/2012/01/post-26.html" />
    <id>tag:t3rdmil.com,2012://6.355</id>
    <summary> 故障が頻出すると、ほとんど毎日のようにプラグを外して掃除する必要があり、面倒至...</summary>
    </mt:EntryTags></mt:EntryIfTagged>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://t3rdmil.com/">
        <![CDATA[<p><br />
故障が頻出すると、ほとんど毎日のようにプラグを外して掃除する必要があり、面倒至極なので、苦情がメーカーに殺倒。</p>

<p><br />
なんとかして解明し、手を打たねば売れ行きにも影響が及ぶので、エンジンメーカーも躍起となってこれに取り組むことになります。</p>

<p><br />
ところで、この現象は今の大多数の人には恐らく不可解にうつるであろうほど、一風変ったものです。</p>

<p><br />
現在では、プラグの故障といえば、2サイクルでも絶縁物の汚染と決まっています。</p>

<p><br />
これが起きると、人間の老衰のようなもので、火花が次第に弱まってきて、ついにはエンジンが回らなくなりますが、これは決して突発的ではありません。</p>

<p><br />
わたしなども、恐らくこれの一種だろうと、最初は高をくくったものでした。</p>

<p><br />
ところが実際にぶつかってみると、全然異質のもので・・・</p>

<p><br />
人体にたとえれば、脳出血か、心筋梗塞のようにそれまで何でもなかったのが突然ぱったりだめになってしまうのです。</p>

<p><br />
この場合、プラグを取りはずして調べると、火花間隙に異物がはさまって電気を短絡してしまっていることがはっきりわかります。</p>

<p><br />
このような技術の発展があって、いま市場で大変な人気のある<a href="http://manan.jp/" target="_blank">電動スクーター</a>の発明に至ったのです。</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>画期的な電動スクーター</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://t3rdmil.com/2011/12/post-25.html" />
    <id>tag:t3rdmil.com,2011://6.354</id>
    <summary> わたしなどは相当2サイクルに通暁したつもりだったのに、バイクモーターのブリッジ...</summary>
    </mt:EntryTags></mt:EntryIfTagged>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://t3rdmil.com/">
        <![CDATA[<p><br />
わたしなどは相当2サイクルに通暁したつもりだったのに、バイクモーターのブリッジこそは寝耳に水で、最初全然見当がっかず、尋ねられてもただ頭をかかえるのみという体たらくでした。</p>

<p><br />
・・・しかもわたし自身も、自家用として昭和28年(1953年)から、自らもやがてこれにぶつかり、悩まされるようになります。</p>

<p><br />
その現われ方は条件によって異なるのですが、当時は数十kmごとに1回くらいが普通でした。</p>

<p><br />
しかし起こり出すと頻度が増す傾向にあり、10kmも走らないうちに再発するなどという経験も語られました。</p>

<p><br />
その都度プラグを取り換える必要があり、外出の際には3～4個のプラグを持参する必要があると称されました。</p>

<p><br />
わたしなどもいつでも数個のプラグをポケットに入れていたものです。</p>

<p><br />
当時、どれくらいこれが出たかの公式記録が残されている・通産省の主催で行われたテストの記録がそれです。</p>

<p><br />
それは昭和28年秋・村山貯水池の回りの道路(恐らく当時は未舗装)で実施。</p>

<p><br />
全走行距離1000klnで・その間に何回ブリッジが起こるかを調べたのです。</p>

<p><br />
参加した柄銘は31、このうち外国製のものが2銘柄で、あとは全部日本製。</p>

<p><br />
これらは全部2サイクル。</p>

<p><br />
他に4サイクル1機種が比較のため同行。</p>

<p><br />
その結果、2サイクルは全部を通じて、1000km走行で平均約5回ブリッジが発生したこととなります。</p>

<p><br />
4サイクルでは、この間に0回だから断然優秀ですね。</p>

<p><br />
これは今で言うなら、<a href="http://manan.jp/" target="_blank">電動スクーター</a>と同じくらい画期的なものでした。</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>むかしのバイク</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://t3rdmil.com/2011/12/post-24.html" />
    <id>tag:t3rdmil.com,2011://6.353</id>
    <summary> むかしのバイクはもともと自転車の車体ですから、いい気になってとばすと思いがけな...</summary>
    </mt:EntryTags></mt:EntryIfTagged>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://t3rdmil.com/">
        <![CDATA[<p><br />
むかしのバイクはもともと自転車の車体ですから、いい気になってとばすと思いがけないことが生じていました。</p>

<p><br />
たとえば、石ころの角に勢いよく車輪をぶっけて、タイヤを切ってしまうようなことが起こったそうです。</p>

<p><br />
こうしたいろいろの弱点があるので、だれしも懐具合がよくなるに従い、自転車に補助動力を付けるという考えから、次第に正規のオートバイのほうに要望が移ってくるのはやむをえなかったのです。</p>

<p><br />
点火プラグのブリッジ現象のことは、今日では知らない人が大多数であると思われますが・・・</p>

<p><br />
今から40年前のバイクモーターの勃興のころは、一時これが頻出し、ユーザーのすべてがこれに悩まされたものです。</p>

<p><br />
ところで、おかしなことにそれ以前の時代には、私のような2サイクル屋も、これのことを全然聞いていなかったのです。</p>

<p><br />
しかし、バイクモーターの流行が始まるやいなや、突然これが頻出するようになったのです。</p>

<p><br />
日本の敗戦以前を回顧してみると、2サイクルエンジンがもっぱら使用されたのは、無線電源用、飛行機のエンジンスターター用の空気圧縮機駆動用、モーターボート(船外機)用などであり、戦後になって・・・</p>

<p><br />
わたしなどが力を入れたのは、消防用の小形動力ポンプ駆動用で、これは発電用や船外機用エンジンの流れをくむものが普通でした。</p>

<p><br />
このような技術の発展があって、いま市場で大変な人気のある<a href="http://manan.jp/" target="_blank">電動スクーター</a>の発明に至ったのです。</p>

<p><br />
</p>]]>
        
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>こんにちは。</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://t3rdmil.com/2011/12/post-23.html" />
    <id>tag:t3rdmil.com,2011://6.352</id>
    <summary> 今日からブログをはじめます！ このブログでは、電動スクーターに関するさまざまな...</summary>
    </mt:EntryTags></mt:EntryIfTagged>
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://t3rdmil.com/">
        <![CDATA[<p><br />
今日からブログをはじめます！</p>

<p><br />
このブログでは、<a href="http://manan.jp/" target="_blank">電動スクーター</a>に関するさまざまな基礎知識・・・</p>

<p><br />
そして最新のバイク情報などを紹介していきたいと思っています。</p>

<p><br />
どうぞよろしくお願い致します。</p>

<p><br />
さて、戦中から戦後にかけての日本の自転車は、いわゆる軽快車でなく、重量物運搬を目的とするものが大多数でした。</p>

<p><br />
それにしても許される最高速は35km/h内外のものであり、それ以上になると所々に弱点が現われるのが普通でした。</p>

<p><br />
モーターの出力が1PS以下ならそれほど高速にならないのですが、1.5PS以上ともなると、容易に安全限界を突破します。</p>

<p><br />
しかも当時は未舗装のでこぼこ道がもっぱらだったので、真っ先に前フォークの付け根が壊れて、フォークの下端が前方に折れ曲がります。</p>

<p><br />
それがゆっくり現われると気が付いて車を止められますが、急にぼかっと折れると、前のめりになって投げ出され、場合によっては命にかかわるのです。</p>]]>
        
    </content>
</entry>

</feed>

